四季の移り変わりを感じる花、風景などを撮影した写真をお届けしたいと思います。


by hharu131
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湯殿川沿いの梅

 久しぶりのウォーキングに出掛けがてら、湯殿川沿いに咲く梅を撮ってきました。富士山も綺麗に見えていました。

本館:HARUのフォトギャラリーに撮った写真をアップしていますので是非お訪ね下さい。
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# by hharu131 | 2014-03-22 23:59 | 2014花

水戸偕楽園

 水戸の出張の仕事が早く片付き、見頃の始まった『偕楽園』に行って来ました。平日ですが大勢の人で賑わっていました。 偕楽園は金沢の兼六園、岡山の後楽園とならぶ「日本三公園」のひとつで、天保13年(1842年)に水戸藩第九代藩主徳川斉昭によって造園されました。 約13haの園内には約百品種・三千本の梅が植えられ、早春には観梅客でにぎわいます。

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# by hharu131 | 2014-03-11 23:59 | 2014花

小田原・熱海旅行

 夫婦二人の誕生日が近く二人の誕生日祝いを兼ねて旅行してきました。
 1日目は横浜線・小田急線・東海道線と乗り継ぎ小田原を訪れました。最初にお昼を食べた後、北条氏の本拠地として有名な『小田原城』を訪れました。梅や早咲きの桜も綺麗に咲き、天守閣からの眺望も見事でした。その後、東海道線で熱海に移動、徒歩でこの日の宿泊場所『熱海オーシャンホテル』に向いました。
部屋からの相模湾の眺望は素晴らしく、夕食はフレンチベースのフルコースで誕生日祝いの宿泊を満喫しました。
 2日目は6時40分頃から海から朝日が昇るのを見ました。チェックアウトの後駅まで戻り、バスで見頃の始まった『熱海梅園』に向いました。 有料になって最初の週末ということもあってか人出で賑わっていました。熱海芸妓連による点茶会や演芸会も行われました。続いて梅園から無料のタクシーに乗り『糸川桜まつり』の開催されている糸川遊歩道に向いました。熱海に咲く『あたみ桜』は早咲き日本一だそうで、例年1月上旬から咲き出すようです。訪れた時は満開に近く、とても綺麗でした。糸川から熱海港に出て海岸沿いを歩き、『金色夜叉』の『寛一お宮の像』や『お宮の松』を見て駅に戻り、お土産など買って帰ってきました。

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# by hharu131 | 2014-02-01 23:59 | 2014風景

山形・宮城旅行

 大人の休日倶楽部パスを利用して、また東北を旅行してきました。
 1日目は、2008年に一度訪れた『米沢』に行って来ました。以前訪れた時は雨が降り始め見ることが出来なかった『上杉神社』『稽照殿』『米沢市上杉博物館』を見て回りました。泊りはかみのやま温泉の『日本の宿 古窯(こよう)』、大満足の旅館でした。
 2日目は、山形乗換えで仙山線で途中『山寺』を遠めに見ながら仙台で乗換え、仙石線で松島を訪れました。 『瑞巌寺』『観濫亭』『五大堂』といったところを巡り、帰りは塩竃まで遊覧船で松島湾の島々を眺め、仙台に戻りました
 3日目は、『るーぷる仙台』という循環バスを利用して最初は『瑞鳳殿』(藩祖伊達政宗公の霊屋)を訪れました。昭和20年に戦火で消失、昭和54年に当時の様式そのままに再建されました。桃山様式の遺風を伝える豪華絢爛な建物で本当に見事でした。ボランティアガイドの方の説明もとても良かったです。二代藩主忠宗公の『感仙殿』、三代藩主綱宗公の『善応殿』も一緒に再建されています。
 その後、仙台城三の丸跡に建つ『仙台市博物館』に行き仙台藩に関わる歴史・文化・美術工芸資料などを見た後、仙台城址(青葉城址)に行きました。ここの城は元々天守閣のない城でしたが明治初期の取り壊しや戦火で城もなく、甲冑姿の伊達政宗公の騎馬像が市街地を見下ろしています。

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# by hharu131 | 2013-11-30 23:59 | 2013風景

日光方面ドライブ

 紅葉のシーズンを迎え日光方面の紅葉を見にドライブをしてきました。
 初日最初に向ったのは鬼怒川の龍王峡、駅近くの散策路を歩いて『虹見の滝』や『虹見橋』からの眺めを楽しみました。その後『日塩もみじライン』に入るとかなり紅葉が進んでいました。平家落人の里として知られる『湯西川温泉』にも足を延ばしました。『平家の里』では紅葉も綺麗でしたが、『九輪草』も綺麗に咲いていました。この日は鬼怒川の素泊まりの宿に泊まりました。
 2日目早めに宿を出て混まないうちにと日光いろは坂を上り、最初に『明智平』に寄りましたが華厳の滝を見ようとロープウェイを待っている人が多く、写真のような眺望を諦めました。
 続いては久しぶりに『華厳の滝』を見に行きました。エレベーターで降りた観瀑台からは滝壷を正面に見ることができますが、ちょうど虹もかかっていて綺麗でした。
上から見る華厳の滝も紅葉や青空ともマッチして見事でした。
 その後、『竜頭の滝』に向いましたが下の入り口の駐車場は混雑して入れず、上流の駐車場に停めて歩いて湯川沿いを下りました。
最後は戦場ヶ原を抜けて峠から湯ノ湖を眺めたり、丸沼高原では真っ赤な紅葉を見て帰ってきました。

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# by hharu131 | 2013-10-28 23:59 | 2013風景

湯殿川沿いのコスモス

 毎年恒例の湯殿川沿いのコスモスですが、今年も9月14日から10月6日にかけて撮ってきました。

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# by hharu131 | 2013-10-06 23:59 | 2013花
 富山県・越中八尾の民謡行事「おわら風の盆」の本場の踊りを八王子の街なかで披露する「越中八尾おわら風の舞in八王子」が、今年も実施されました。
八尾町おわら保存会西町支部などが協力し、商店街を練り歩く「町流し」や踊り手が輪を作って踊る「輪踊り」が行わました。
本場の踊りは見たことがなく身近な地元で見られるとあって初めて見に行きましたが、独特な優雅な踊りに魅了されました。

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# by hharu131 | 2013-09-21 23:59 | 2013風景

会津旅行3日目

 旅行3日目(6月30日)最終日、この日は朝大きな荷物は預けて、1日目と同じプランに付いている『まちなか周遊バス』のフリー乗車券を使って市内散策をしました。
 最初に向ったのは『ハンサムウーマン 八重と会津博 大河ドラマ館』、バス停「鶴ヶ城三の丸口」で下車、開館の8時半に間に合うよう急ぎました。
その名の通り今年の大河ドラマの撮影で使用した衣装や小道具などを始め、多くの見所があります。この日後から来た来場者が30万人目ということで祝典が催されていました。
 次にバスで向かったのが『会津藩主松平家墓所』、東山温泉に近い山一体が墓所となっており、初代保科正之の嗣子正頼が亡くなった1657年に造営され、二代正経から九代容保の墓が立ち並んでいます。
壮大な規模で坂道を登っていくのも疲れましたが、途中でニホンカモシカ?に出会ったのにはビックリしました。
この墓所一体にはどくだみの花が一杯咲いていました。街中ではタチアオイの花が綺麗に咲いていました。
 最後にバスで向ったのは『会津松平氏庭園 御薬園』、殿様の別荘として使われ、二代藩主が薬草を栽培したところからこの名が付けられました。
花菖蒲やハスが綺麗にさいていましたが、薬草も色々とありました。御茶屋御殿でお抹茶を頂きました。
 ここから一路会津若松駅に戻り、お土産を買った後昼食をとり、荷物を引き取って高速バスで郡山に戻り、新幹線で東京に帰ってきました。歩数10,300歩でした。
こうしてまとめてみると盛りだくさんの旅行でしたが、あっという間に過ぎた旅行でもありました。

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# by hharu131 | 2013-06-30 23:59 | 2013風景

会津若松2日目

 旅行2日目(6月29日)、この日は駅まで30分ほど歩き、レンタカーを借りて移動しました。
 最初に向ったのは『会津藩校日新館』、江戸時代全国三百藩校の中でも規模内容とも隋一と謳われました。
広さは東西226メートル、南北116メートル、面積8千坪、建物1500坪ありました。
戊辰戦争で消失してしまいましたが、昭和62年に市内郊外に完全復元されました。
展示内容も上手く再現し、当時の様子を窺い知ることが出来ます。
 次に向ったのが猪苗代町にある『野口英世記念館』、ここには生家もあり、5年前会津若松にある『旧会陽医院』を訪れたこともあって、是非一度訪れたいと思っていました。
野口英世が幼少の頃負ったハンデを背負いながらも努力をして世界的な医学者となったことはあまりにも有名ですが、今回はその母親のシカさんの生き方があってこそ英世があったのだと感じました。
生家には火傷を負った囲炉裏の他、上京するとき柱に刻んだ決意文「志を得ざれば 再び 此地を踏まず」も残っています。記念館2階の研究室で迎えてくれる野口博士ロボットも精巧です。
 ここから会津若松に戻り、郊外にある名所を巡りました。最初に向ったのが『中野竹子殉節碑』、彼女はここで西軍の銃弾に倒れ戦死しました。
続いて向ったのは『如来堂』、斉藤一を隊長とする会津新選組が西軍と死闘を繰り広げた場所です。
その後は『神指城跡』、1600年会津領主上杉景勝によって計画された未完の城。直江兼続の指揮のもと工事が進められましたが徳川家康の進軍によって中断し、二の丸跡に土塁が残るのみとなっています。
 この後市街地の方に戻り向かったのが『旧滝沢本陣』、ここは参勤交代や領内巡視の際の殿様の休息所ですが、戊辰戦争では藩主松平容保が指揮をとり、白虎隊も出陣しました。
弾や刀傷の跡が残っています。
 この日最後に訪れたのは『飯盛山』、長い階段を登ると(実は「スロープコンベア」を利用)『白虎隊十九士の墓』があります。
戊辰戦争で戦った16,7才の少年達が火に包まれた城下を望みながら若い命を散らしたのはあまりにも有名ですが、本当に世の無情を感じてしまいます。
十九士の墓の傍らには、松平容保公が詠まれたという「弔歌の碑」もあります。「幾人の 涙は石にそそぐとも その名は世々に 朽じとぞ思ふ」
帰りがてら『さざえ堂』という、上り下りがらせん状になっていて、同じところを通らないという珍しい仏堂にも入ってきました。
 ここから駅方面に戻りレンタカーを返した後、ホテル宿泊者に無料サービスでついている日帰り温泉に入った後、ホテルに戻りながら途中で夕食を食べて帰りました。歩数12,166歩でした。

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# by hharu131 | 2013-06-29 23:59 | 2013風景

会津若松1日目

 2008年夏と今年4月の桜の季節に2度訪れた『会津若松』ですが、今年は何と言ってもNHKの大河ドラマ『八重の桜』で注目を浴びており、哀しい歴史を抱えている土地ではありますが、震災の後も頑張っている福島を応援する意味でも、その歴史の跡を辿ろうと訪れました。
 旅行1日目(6月28日)、この日は朝6時に家を出発して、東京駅8時16分発の新幹線なすので10時過ぎ郡山着、ここから高速バスで会津若松に向いました。
宿泊する中町のホテルの駅前の姉妹ホテルに荷物を預け、プランに含まれている『まちなか周遊バス』のフリー乗車券を使って市内散策をしました。
「ハイカラさん」で最初に向ったのは、駅からバス停2つめの「大町二之町」近くの「インフォメーションサポートセンター」、ここで先ず市内散策の情報を集めた後、近くの『坂本これくしょん』を訪れました。
3日前の朝日新聞で紹介されていたのを見て訪れましたがここは蒔絵バッグとアクセサリー中心に、伝統ある会津塗の作品を堪能できるお店です。夫婦箸を購入させてもらいました。
 続いては大町四ツ角(札の辻)から「七日町(なぬかまち)通り」をブラブラと歩きました。前に周遊バスから眺めて古い街並みに一度歩いてみようと思っていた通りです。
白木屋漆器店などの歴史的建物も見ながら歩いていると目に入ってきたのが『稲忠』という畳やい草、和風のれんを扱うお店、ここのおかみさんは『鶴塀の家族に乾杯』を始めテレビにも出演された「ハンサムウーマン」(新島八重にちなんで、「八重の桜」プロジェクト協議会が認定)の一人です。
記念写真で一緒に写ってもらいました。ご主人がとても愛想の良い方で沢山話をしてくれました。ここではい草のスリッパを購入させてもらいました。
 その後立ち寄ったのが『阿弥陀寺』、ここにはかつては鶴ヶ城本丸内にあった御三階という建物があります。外観上は三階ですが、内部が四層になっており密議の場所として使用されたといわれています。
阿弥陀寺には、戊辰戦争戦死者が埋葬されており、新選組三番隊長で、戊辰戦争を最後まで戦った斉藤一の墓もあります。
 その後立ち寄ったのが『七日町駅』にある『駅カフェ』、ここではバスが来るまでの小休止でお昼代わりに美味しいスイーツを頂きました。
 ここからバスに乗って向ったのが『西郷(頼母)邸跡』、バス停「北出丸大通り」で下車すると「会津戊辰戦争終結の地」の看板がありました。
明治元(1868)年9月22日正午、甲賀町通りの路上に緋毛氈が敷かれ、鶴ヶ城の開城式が行われた際、会津藩士たちは緋毛氈を小さく切り刻んで持ち帰り、無念の思いを胸に秘めたといわれます。
 西郷邸では悲劇がありました。ここで家老の西郷頼母の家族ら21人が辞世の句を残して自刃しました。5年前に訪れた『会津武家屋敷』には西郷邸が復元され、自刃の様子を窺い知ることができます。
 次に向ったのは『直江兼続屋敷跡 山鹿素行生誕地』、上杉景勝の執政直江兼続がここに住まいし、忠臣蔵の赤穂浪士を教育した兵学者山鹿素行が生まれた場所です。
 続いて向ったのは『藩校日新館天文台跡』、鶴ヶ城の西側にあり、白虎隊の少年達も文武を学んだ全国有数の学校でしたが、戊辰戦争で消失し、現在はこの天文台跡だけが残っています。
近くの通りからは遠くに天守閣を見ることができます。
 その次は『山本覚馬・新島八重生誕の地碑』、兄弟の生家は残っておらず今は看板があるだけで、近くの宮崎家前に碑が建てられています。
八重が戊辰戦争で鶴ヶ城に篭城して戦った後、会津藩が降伏し開城前夜に詠んだといわれる歌が伝わっています。
 この日最後に訪れたのが『鶴ヶ城』、会津を訪れる度に立ち寄っていますが、遅い時間になっていましたが4月には登らなかった天守閣に登ってきました。
戊辰戦争では約1ヶ月の攻防戦に耐えました。一度取り壊されましたが昭和40年に再建され、今年天守閣の屋根を幕末当時の赤瓦によみがえらせました。
特に飯盛山方面の眺めは向うから城を眺め自刃した白虎隊のことが偲ばれますが、四方いずこの眺めも見事です。
 ここからホテルに向かい、途中夕食をとってからホテルにチェックインしました。歩数13,655歩でした。

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# by hharu131 | 2013-06-28 23:59 | 2013風景